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主語なし。読書から学ぶという人を基本的に信用していない。読書をして得られるのは意識的に考えられていなかったが有していた価値観、思考の自覚化とそれの綺麗なレトリック位だと思っている。だから読書から生き方価値観と言った類のものを学んだというのは、ああそれ位何も考えていないということの表れなんだなくらいに判断している。小さい頃から読書が嫌いだった。というよりまず、文字を読むことに困難があったので一冊を集中して読めた覚えがない。それはともかく、孤独になりたいという願望が強かったので本を通して人(作者)と関わる煩わしさも感じていた。ただでさえ自分の中には二つの人格があるのでその対話、無意味な統合願望だけで手一杯だった。だから、1人で散歩しながら二人の時間を過ごすのが日課だった。まあ、家に帰る恐怖もあったけれど…社会化願望が強くなっていくと同時に人格の分離も進んだので、ようやく読書を少しは有意義に捉えられるようになった。倫理にも似た類推が当てはまると思う。倫理的であることを愛してやまないのは自分の非倫理的な部分を死守したいからだし、それは他者にとっても大体そうだろうという邪推もある。だから、本質的に倫理的な人間だという評価をする人はロジックを履き違えているなと思っている。直情的な人格、暴力的な人格を守るために、倫理的になりたい。お願いだから邪魔しないで、良かれと思ったとしても。倫理的に対応して。